何事にも透明性と公平性が謳われる昨今,大学教員の採用も公募の形式がとられることが多くなってきている.もちろん,大学側が求めている研究分野・研究者像がハッキリしている場合や,強力なコネの力学が働けば,一本釣りやデキ公募もあり得るが,個人的には純粋な公募が多い印象だ.
そんな大学教員の公募であるが,(少なくとも数学・物理系では)現在は「圧倒的な買い手市場」である.その理由を一言で言えば,教員ポスト数に比べて大学院生・ポスドク等の数が多すぎるからだ.(2022年9月追記:海外との比較で考えれば,日本の大学の数が少ないわけではないから,教員ポストが少ないことより,
博士の就職口が大学ぐらいしかないことの方がよほど問題である.海外では博士の就職口は沢山ある.)
かなりの数(数十~数百のオーダー)の応募書類を書き,ほぼ全ての大学から不採用を告げられ,いくつかの大学から
面接に呼ばれ,そのうちの一つの大学からオファーをもらえば,例えその大学が何処のどのような大学であろうと御の字と考えなければならないのが現状だ.大学院を修了し苦労して博士号を取得しても,大学教員などのアカデミックポストに就けるのはほんの一握りの人々だからである.
などは博士号取得者の悲惨な境遇を示したものとして有名だ.
さて,大学・高等教育機関をめぐるこのような状況は,まともな社会のそれとは言い難いが,大学教員を目指す研究者(公募戦士)としては文句を言っても始まらない.とにかく応募し続けることが肝要である.いやしくも社会構造を是正しようとでもするならば,晴れて大学教員になってからすればよい.さもなくば,いたずらに歳をとることになる.残酷・不条理だが,加齢は公募戦士にとって致命傷になりかねない.
公募戦士の心得として,「出したら忘れる」が鉄則と言われている.どんなに気合いを入れて応募書類を書いても,簡易書留の控えを受け取った瞬間から,応募したことは忘れ,応募したことが記憶の遙か遠くにあるかないかくらいの時期に不採用通知を受け取るくらいが丁度よい.一つ一つの採用通知を首を長くして待っているようでは,ハートがやられてしまう.忘れる為には沢山出すことも重要だ.(2013年9月26日追記:それでも「待ってしまう」のが人情である.まだ面接に呼ばれた経験のない「若手」公募戦士のために,応募〆切から面接通知がくるまでの日程に関して
こちらの記事に書いたので,参照されたい.)
出したら忘れるが鉄則であるが,出す前は知恵を絞らなければならない.例えば,日頃から大学における採用人事の仕組み,大学教育に関する一般的問題点などに関して情報収集をして,何らかの意見をもっておくことは必要だ.ある研究分野のスーパースターが研究重視型の横綱大学に就職するのでない限り,教育に関する情報・情熱・アピールが勝敗を分ける可能性は高い.
どこから手をつけていいかわからない人は,とりあえず本やネットで独自研究のための種を仕込むことである.大学教員の手で書かれた古典として
がある.執筆された1995年頃と現在とでは大学教員を取り巻く環境はかなり異なることを差し引いても読むに値すると思う.この本の一つの主張は「大学教授ほど楽な仕事はないし,世間で言われているほど狭き門でもない.ならない手はない.」ということだと思う.「狭き門ではない」という命題は現状にそぐわないが,全くの偽でもない.現在でも大学教員になりやすい分野はあるし,なるのが難しいと言われている分野でも,実際には大した苦労をせずなっている人々がいることも事実だ.
バリバリ研究してアカデミアで日頃から「ガチンコ勝負」ばかりしていると,就職でも「ガチンコ勝負」することばかり考えてしまい,自滅しかねない.採用されることは研究で評価を得るより不確定な要素が多いことを受け入れ,楽して大学教員になっている人々が世の中にはある割合で存在することを知れば,見えてくる戦略もある.もちろん,研究の質を上げたり研究業績を増やすことが最重要課題であるが,それとは違う方向性の工夫・努力で,実行すれば必ず他者との差別化に貢献するものが存在する.
上の本の現代版にあたるのが
である.鷲田氏の本と同様,文系業界について書かれた本であるが,大学教員を目指す者が知っておくべき考え方・ノウハウが豊富な実例と共に載っており,理系の人間にも有益である.
ネット上にも大学教員になるために有益な情報・助言は沢山ある.例えば
大学教員公募についてのメモ by 52連敗氏
などがある.他にもあると思うので,大学教員,公募,などのキーワードで検索するのがよいと思う.
言わずもがなだと思うが,公募情報は
研究者人材データベース JREC-IN(通称イレチン)
がスタンダードになっている.興味ある分野・職種・地域などを登録しておくと,毎日公募情報をメール配信してくれるサービスがある.
この辺りになると,人によって意見が異なると思われるが,募集側にいる大学教員との感覚のズレ(温度差)を埋めるためには,日頃大学という場所で,どのようなことが問題になっているかを知ることは有益であると僕は考えている.例えば,次のような言葉の意味を簡潔に説明できるであろうか.
- 高大接続
- リメディアル教育
- FD(Faculty Development)
- SD(Staff Development)
- JABEE
- ティーチングポートフォリオ
- アドミッションポリシー
- カリキュラムポリシー
- ディプロマポリシー
- AO入試
- 大学設置基準
- 教養部
- リベラルアーツ
- グローバル化
- 全入時代
- 割愛採用
- マル合教員
- ....
知らない言葉がある公募戦士には,大学教育や大学改革に関する本を何でもいいから一冊読むことをお勧めする.知っておけば応募書類に付きものの「教育に関する抱負」を書くときの切り口にもなるし,面接官が面接で口に出す可能性もある.そうなれば「知りません」では済まされない.僕自身は先輩が何気なくくれた
という本をポスドク時代に熟読した.この本である必要は全くないが,大学教育に関する通俗書を読むことを強く勧めたい.
さて,大学教員の公募採用に関して,公募戦士にとって有益な,いや,少なくとも僕にとっては有益だった著書やサイトを紹介してみた.大学教員になるのに裏道などあっては困るが,優秀な研究者が任期切れに怯え,失望しながらアカデミアを去って行くのも我慢ならないし,国家的損失にも成りかねない.研究でも教育でも,能力があり努力する人が報われることを祈りつつ筆を置く.