2015年4月22日水曜日

電磁気学の勉強がたいへんな理由

珍しく物理の話.

力学を勉強し始めると,直ぐにニュートンの運動方程式(微分方程式)が登場し,他の全ての法則(例えば,運動量・力学的エネルギー・角運動量の保存則や質点系・剛体に関する運動方程式と保存則)や現象(運動方程式の発見に至る前に観測により知られていた惑星運動に関するケプラーの法則など)が運動方程式から導かれるという美しい構造を比較的早い段階で理解できる.

でも,電磁気学の勉強ではそうはいかない.電磁気学にもマクスウェル方程式という運動方程式があって,全ての法則・現象(例えば,クーロンの逆二乗則,アンペールの法則,ビオ・サヴァールの法則,ファラデーの電磁誘導の法則やそれらに纏わる諸現象)がそこから演繹されるはずなのに,電磁気学の教科書を勉強し初めても,マクスウェル方程式に到達するまでかなり時間がかかる.場合(選ぶ教科書)によっては,マクスウェル方程式の積分形を出して運動方程式(微分形)まで辿り着かなかったり,辿り着いたと思ったらそこは教科書の最終章だったなんてこともあるだろう.

上のようなことが起こる理由はどこにあるのか.延いては,電磁気学の勉強がたいへんな理由(本音を言えば,小生が学部時代に電磁気学を毛嫌いしたルーツ)を知りたくなった.

それを知るために,星の数ほどある電磁気学の教科書からランダムな数冊を手にとって,前書きやあとがきを読んでみた.すると,勉強がたいへんな理由は,マクスウェル方程式がニュートンの運動方程式より格段に複雑(ベクトル解析てんこ盛りの偏微分方程式)で意味を理解するのに時間がかかるから,といった単純な理由だけではないことがわかってきた.まとめると4つの理由があるように思えてきたので以下に述べる.

  1. 電磁気学の教科書は2つのクラスに大別される.一つは,静電気に関するクーロンの法則から入って,ある程度歴史に沿った形で,マクスウェル方程式が発見されるまでをじっくりと進む教科書たち(ボトムアップ型)である.この場合,マクスウェル方程式に至るまでで結構なページ数を使っているので,これらの教科書は大体ここで終わることになる.エクストラな内容を加えるとしても,マクスウェル方程式が完成して初めて議論できる電磁波の話をして終わる場合が多いようである.

    もう一つは,かなり早い段階で多少発見的でもマクスウェル方程式を紹介してしまい,そこからあらゆる法則・現象を演繹するという教科書たちである(トップダウン型).このアプローチは初学者には厳しいかも知れないが,物理量の定義の曖昧さをなくし,理論の全体像を見渡すには優れているようだ.

    (2017年7月25日追記:この点に関してはこちらに追加記事を書きました)

    マクスウェル方程式をちゃんと導出してから,欲張って後続の部分でもう一度諸現象を演繹し直し,さらに,新しい現象を理解しようとする(ハイブリッド型)教科書は,ジャクソンの教科書(J.D. Jackson, "Classical Electrodynamics", Wiley)のように分厚くなる恐れがある(ジャクソンの英語版第二版は848ページ!日本語版は上・下巻に別れており合計1019ページ!!).

    このように,理論の神髄である運動方程式が本の最後に出てくるのか,最初に出てくるのかという,二つの正反対にも見えるアプローチがあるというのは,初学者にとっては大問題であろう.一度教科書を選んだ後は,他の教科書を参照するのが困難になるからだ.
  2. 次の混乱の元は,電磁気学の単位系が沢山あるからである.CGS静電単位系,CGS電磁単位系,ガウス単位系,MKSA単位系などがある.CGS(centimeter, gram, second)なのかMKS(meter, kilogram, second)なのか,電荷や磁荷の単位をどうするのかなどに任意性があり,その他にも無理数$4\pi$(立体角)の出現をどこに押しつけるかなどによって,有理系か非有理系などに分類される(常人はこの辺で気が狂う).現在はMKSA有理単位系(A=ampere)に統一されつつあるようだが,分野(原子核物理,宇宙物理など)によってはいまだにガウス単位系などを使っているところも多いので,教科書間を行き来するのが容易でない.

    更に油断ならないのは,単位系を決めても組み立て単位が異様に多いことである.つまり,(独立な次元を持ちもしない)いろいろな物理量にいちいち単位をあつらえていることである.例えば,よく使われるコンデンサーの静電容量の単位であるファラドF,インダクタンスの単位であるヘンリーHなどは,工学的には導入しておくと便利なのかも知れないが,電磁気学を(理学的に)理解するにはなくてもよい(気がする).しかも,順次導入されるならまだしも,コンデンサーが何かもわからないのに,教科書の初めの方にいきなりファラドFが出現したりする(例えば,真空の誘電率$\epsilon_0$の単位はF/m).学部1,2年生ほどの次元解析の考え方もままならない状況で,次々と現れる単位の波にのまれ溺死した人も多いはずである.
  3. 電磁気学には電気に関する物理量である電場の強さ(electric field intensity)${\bf E}$と電束密度(electric flux density)${\bf D}$が出てくる.また,磁気に関する量として,磁場の強さ(magnetic field intensity)${\bf H}$と磁束密度(magnetic flux density)${\bf B}$が出てくる.電場と磁場の対応を考えるときに,${\bf E}$と${\bf H}$(したがって${\bf D}$と${\bf B}$)を対応させるアプローチ(いわゆるE-H対応)と,${\bf E}$と${\bf B}$(${\bf D}$と${\bf H}$)を対応させるアプローチ(いわゆるE-B対応)がある.教科書の数としては大体半数ずつぐらいで,どちらのアプローチにも長所がある.この点もまた,教科書間の行き来を阻む要因になっているのは間違いない.

    E-H対応では磁荷を導入し,単位磁荷当たりに働く力として磁場${\bf H}$を導入する.すると,単位電荷当たりに働く力である電場${\bf E}$とパラレルに${\bf H}$を扱うことができるので,見通しがよくなる.ただし,磁気単極子(モノポール)は実際には存在しないので,非常に長い仮想的な磁気双極子(棒磁石)の先端を磁気単極子と見なしたり,少し嘘くさいことをしなければならない.

    E-B対応では,電流(電荷の移動)がビオ・サヴァールの法則に従って磁束密度${\bf B}$を生ずるとして電磁気学を構成するので,陽に磁荷が現れない.

    (より道:${\bf E}$はEinstein,${\bf D}$はDirac,${\bf H}$はHeiseberg,${\bf B}$はde Broglie,電流密度${\bf J}$はJordan,の頭文字で,電磁気学は量子力学の出現を予言していた,という高尚な理論についてはこちら.)
  4. 一般的に古典電磁気学といったら巨視的な理論である.即ち,原子・分子構造を粗視化(無視)した目に見える現象だけを相手にする学問体系なハズである(電荷は離散的なのを知っていながら電荷密度とか考えちゃうお調子者な理論).しかし,そのつもりで電磁気学の勉強を始めても,例えば,誘電体のところで構成分子の誘電分極などという微視的な現象が出現したり,原子は磁気双極子であるなど,ミクロな世界にも踏み込んでみたりする.すると,人によっては(小生のようなひねくれた人間は)電磁気学はマクロな世界で閉じていない不完全な理論なのか?という印象を持ってしまう人もいるかも知れな(いね~か).

    連続体力学(流体力学や弾性体力学)では教科書の初めの方で「この世は原子・分子からできているツブツブの世界ですよー.でも,ツブツブだと大変だから滑らかだと思って話を進めるよー(粗視化の概念)」と説明する.でも,一旦それを説明したら,それ以後ずーっと滑らかな話を続け,ツブツブ世界を顧みることはない.でも,古典電磁気学ではマクロな理論と言いつつツブツブ世界をチョイチョイ顧みて,マクロな理論の構築にミクロな描像を反映させる.(そう考えると,電磁気学が量子力学以前に完成したのが少し不思議.)

    実際には,古典電磁気学が現象論(つまり,マクロであれミクロであれ,どんな大胆な仮定をしても,結果的に現象を説明できればOKとする理論)であることを予め承知していれば気にならないのかも知れないが,変な先入観を持っていると違和感を感じてしまうかも知れない.
以上,電磁気学の勉強がたいへんな理由(もしくは電磁気学を毛嫌いする原因になるかも知れないもの)を,1~4のようにまとめてみた.4は完全なる私感だけど,1~3に述べたアプローチ・慣習の違いを考慮すると,電磁気学の教科書には少なくとも10通り程度の流派が存在することになる.学び初めの段階で教科書をこれと決め,一通り学んでしまえば何てことないのかも知れないが,初学者にはなかなかハードルが高い分野であることに間違いはない.