2015年2月8日日曜日

【独り論文速報】 "Small black holes in $AdS_5 \times S^5$"

【文献】
A Buchel and L Lehner
"Small black holes in $AdS_5 \times S^5$"
arXiv: 1502.01574 [hep-th] (v1)
(種別:プレプリント)

【概要】
我々は$AdS_5 \times S^5$中にあり,$S^5$方向に伸びた(smearされた)小さなブラックホールを考察する.我々はブラックホールの$S^5$上での局在化へと発展する揺らぎに相当する$\ell = 1$の$S^5$-準固有振動を計算する.我々はHubeny-Rangamaniによって見つけられたゼロ・ モードを再現し,さらにGregory-Laflamme不安定性の存在を陽に示す.予想されたように,不安定性は次元5の演算子の期待値に付随している.

【内容】
アインシュタイン重力・負の宇宙項・5形式場がある10次元ブラックホール解は超弦理論と4次元ゲージ理論とのホログラフィック対応を語る上で重要である.その解は簡単な形をしていて\begin{eqnarray}ds^2 = -fdt^2+\frac{dr^2}{f}+r^2 d\Omega_3^2 + L^2 d\Omega_5^2, \;\;\; f=1+\frac{r^2}{L^2}-\frac{r_+^2}{r^2}\left( \frac{r_+^2}{L^2} +1 \right)\end{eqnarray}とかける.$d\Omega_n^2$は単位$n$次元球上の線素,$r_+$はホライズン半径,$L$は負の宇宙項と$\Lambda \sim -L^{-2}$の関係にある長さ次元をもった定数である.

このブラックホールの事象の地平線(イベントホライズン)は半径$r_+$の3次元球$S^3$が半径$L$の5次元球$S_5$に巻き付いたようなトポロジーをもっている.したがって,$r_+$が$L$に比べて小さければGregory-Laflamme不安定性が発生すると考えられている.歴史的には,これらはBanks-Douglas-Horowitz-Martinec (1998)やHorowitz (2000)で予言され,Hubeny-Rangamani (2002)で不安定性が発生する$r_+/L$の値(不安定性のonsetモード)が数値的に見つけられたようである.

$AdS_5 \times S^5$ブラックホールのホライズンの様子.$r$は動径座標,$\theta$は$S^5$の角度座標の一つ.この論文では,$\theta$方向に非一様な線形摂動が考察され,$r_+/L \lesssim 0.44$で不安定になることが示されている.

一般にGregory-Laflamme不安定性は時間依存性のない摂動(ゼロモード)を解けば不安定性がonsetするパラメータの値(今の場合$r_+/L$の値)を見つけられることが知られている.それをやったのがHubeny-Rangamani (2002)の仕事だが,本当は時間依存性のある摂動を行い,実際に不安定性が存在するのか調べなければならない.それを調べたのが本研究といえる.

【疑問】
  • 古典的な不安定性(Gregory-Laflamme不安定性)と熱力学的な不安定性(平衡状態がエントロピーや自由エネルギーの極値をとる点になっていない)が対応していることを述べたGubser-Mitra仮説について全く触れられていない.
  • ブラックホールの摂動を解く作業は,ホライズンと無限遠を境界とする二点境界値問題に帰着され,数値的にはシューティング法で解かれることが多い.本文を読むと5つのシューティングパラメータがあるように見えるが,5つのシューティングパラメータがある問題など本当に解けるのだろうか(これは5次元空間のなかの一点を数値的に探すという途轍もない問題である).方法はAharony-Buchel-Kerner (2007)に書いてあるそう.
  • K Murata氏が2009年にKerr-$AdS_5 \times S^5$ブラックホールのGregory-Laflamme不安定性(とsuperradiance不安定性)を数値的に求めているが,それに触れていない.
【誤植】
  • p12,l5,${\rm Re} (w) \Longrightarrow {\rm Re} (\omega)$
  • p12,Eq. (4.16),$ {\rm Im} (\omega) = -ig \Longrightarrow {\rm Im} (\omega) = -g $
  • p14, Eq. (4.22),$ {\rm Im} (w (\rho_+))=0 \Longrightarrow {\rm Im} (\omega (\rho_+))=0 $

【英語】
  • smear:塗りつける,汚す,中傷する
  • foresee:~を予測する,見越す,先読みする
  • separatrix:区分線,《数》分割記号
  • ensue:後に続いて起こる,結果として起こる(~follow)
  • venue::開催地,現場,会場,《米》立場,意見
【蛇足】
  • Buchel氏はカナダの西オンタリオ大学の素粒子論的な宇宙論やブラックホールを研究している人.出身はロシアのよう.
  • Lehner氏はカナダのゲルフ大とウォータールー(Waterloo;ワーテルローとも読むそう)大に所属する数値相対論研究者.Buchel氏と共にペリミーター研究所にも所属しているので,最近は共同研究しているよう.