【文献】
奥村 剛「滴の融合:表面張力が駆動する流体動力学の一例として」
日本物理学会誌 Vol. 69, No. 10, 2014, 678-679
現代物理学のキーワード:スケーリング現象論
(種別:解説記事)
【概要】(「はじめに」部分の要約)
アメリカ物理学会の流体部門,特に,液滴・泡(drops and bubbles)のセッションが近年活況である.解析理論・スケーリング理論・高速カメラの普及などがブームを後押している.応用が多岐にわたる(生物・天文・工業・医学・製薬・化学)ことも要因.液滴の融合を例にして,分野外の人に雰囲気を味わってもらうのが記事の目的.
【内容】
液滴の融合とは,雨の滴が水たまりに落ちて水たまりに同化したり,醤油の中に落としたラー油が隣のラー油とくっついて大きなラー油の塊になるような現象である.
この記事では,次元解析的なオーダー評価だけで,液滴が融合する際,ネック部分(くびれの一番細い部分)の半径$r$が初期には$r \propto t$ ($t$は二つの液滴が接触してからの時間)の時間依存性をもち,その後,$r \propto t^{1/2}$の時間依存性となることを説明しており,その様子が実験で再現されていることを紹介している.
半径$R$の二つの液滴が接触して時刻$t$後にネック半径が$r$となる.流体を特徴付けるのは,密度,表面張力,粘性などの定数.ネックの長さは(平均曲率の議論から)$r^2/R$程度であることが示される.
- 液柱がピンチして液滴が形成されるとき(融合の逆プロセス),$r \propto t$($t$はピンチするまでの時間)というスケーリング則が知られているが,その場合も本記事のような簡単な説明の仕方があるのだろうか?(1月30日19:30追記:基本的には融合した直後の議論(下記参照)と同じ議論でよさそうなことを確認した.)
- (マニアックであるが)一般次元空間でスケーリング則がどうなるのか知りたい.でも,ちょっと計算したところでは,スケーリングの冪(指数)は次元に依存しないようである.
【誤植】
特になし.
【蛇足】
- このような系を真面に記述するには,粘性流体の運動式(非圧縮ナヴィエ・ストークス方程式+連続の式),界面における速度に関する境界条件,界面におけるストレス・バランスを記述するヤング・ラプラス方程式を同時に解かなければならない.この記事は,オーダー評価と言えども,たった2ページでスケーリング則の導出から実験結果の説明もしており,見事である.
- 奥村剛(TakeshiでもTsuyoshiでもGoでもなくKoと読むそう)氏はお茶女物理科の方で,ソフトマター・化学物理・生物物理などかなり分野横断的な研究をしているよう."Capillarity and Wetting Phenomena: Drops, Bubbles, Pearls, Waves" (PGd Gennes, F Brochard-Wyart, and D Quere) というSpringerの本をもっているが,その日本語訳を吉岡書店から出している方のよう.つい最近も,他の記事を読んだような気がするが,どこで読んだか忘れてしまった.
- 昨年ぐらいに日本物理学会誌がリニューアルして,やっと他の商業誌(「パリティ」や「数理科学」)に負けないよう努力し始めた感じ.よいことだと思う.この記事が掲載された「現代物理学のキーワード」という欄も以前はなかった気がする.
- 著者は「はじめに」の部分でアメリカ物理学会の流体部門が活況であると述べているが,そこには,日本物理学会の流体部門(いわゆる「領域11」)があまり活況でないという悲しい現実が見え隠れしているように感じるのはオイラだけか.
【数式部分】
登場する物理量は
- $t$:二つの液滴が接触した時を0とした時刻
- $r$:ネック(くびれの一番細いところ)の半径
- $V$:内部流体の速度($r/t$の程度)
- $R$:液滴部分の半径
- $\rho$:内部流体の密度
- $\eta$:ずれ粘性係数
- $\gamma$:表面張力定数(エネルギー/面積の次元)
- $E_\gamma$:表面張力による弾性エネルギー
- $E_\eta$:粘性による散逸エネルギー
- $E_\rho$:運動エネルギー(慣性エネルギー)
二つの液滴が接触しネックが形成されると,液滴の表面積($r^2$程度)が減少し,表面に蓄えられていた弾性エネルギーが解放され,内部流体の粘性によって散逸されたり,内部流体の運動エネルギーとなって液滴の融合が進む.接触面が増大することにより解放されるエネルギーは$ E_\gamma \sim \gamma r^2$と書けるから,単位時間に解放されるエネルギーは
\begin{eqnarray} \dot{E}_\gamma \sim \frac{\gamma r^2}{t} \end{eqnarray} とかける.次に,粘性により散逸されるエネルギーは(ナヴィエ・ストークス方程式から導かれるように)単位時間・単位体積当たりでは粘性と速度勾配の二乗に比例するから \begin{eqnarray} \frac{ \dot{E}_\eta }{ r^3 } \sim \eta \left( \frac{V}{r} \right)^2 \end{eqnarray} とかける.最後に,運動エネルギーは密度*体積*速度の二乗であるから \begin{eqnarray} \dot{E}_\rho \sim \frac{ \rho r^2 \left( \frac{r^2}{R} \right) V^2 }{ t } \end{eqnarray} とかける.ここで,ネックの長さが$r^2/R$程度であることを用いている.この事実はちょっと非自明で,ネック表面の平均曲率が$(\mbox{ネックの長さ})/r^2$で与えられ,これが液滴部分の平均曲率$1/R$と同程度であるという条件によって得られる.
液滴の接触直後は解放された表面エネルギーの大部分が粘性によって散逸されると思うと,$\dot{E}_\gamma \sim \dot{E}_\eta$が成り立ち,これを$r$について解けば \begin{eqnarray} r \sim \frac{\eta}{\gamma} t \end{eqnarray} という比例関係が得られる.ネックが太くなってきて,表面エネルギーが運動エネルギーに化けるとすると, $\dot{E}_\gamma \sim \dot{E}_\rho $が成り立ち,これを$r$について解けば \begin{eqnarray} r \sim \left( \frac{\gamma R}{\rho} \right)^{1/4} t^{1/2} \end{eqnarray}が得られる.
【考察】
ちなみに$d$($\geq 2$)次元空間では,エネルギーの時間変化は,\begin{eqnarray}\dot{E}_\gamma \sim \gamma r^{d-1}/t, \; \dot{E}_\eta \sim \eta (V/r)^2 r^d, \; \dot{E}_\rho \sim \rho r^{d-1}(r^2/R)V^2/t\end{eqnarray}となり,一見次元依存性があるが,$r$の時間依存性は3次元のときと同じである.